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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)2306号 判決 1961年6月08日

控訴人 コシモ・フオーテイ

被控訴人 リナ・フオーテイ

主文

本件控訴を棄却する。

控訴審での訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。控訴人と被控訴人とを離婚する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

控訴代理人の陳述した事実上の主張、証拠の提出、授用および認否は原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。

被控訴人は適式の呼出を受けながら原審および当審での口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他準備書面の提出をもしない。

理由

本件について、わが国の裁判所が裁判権を有するか、どうかについて、判断する。

渉外的離婚訴訟の国際的裁判管轄については、明確な国際法上の原則が確立されてなく、わが国においても外国人に対する離婚訴訟の裁判権については、法例その他の成文法上明確な規定もないのであるから、法律欠缺の一場合として条理に基いて妥当な規範を発見するのほかはない。

裁判権の問題は国際民事訴訟法に属する事項であるから、国際的私法上の紛争を正しく、且つ迅速に解決するという保障を主眼として、わが国の実体的国際私法法規である法例および国内的民事裁判権の土地管轄を規定する民事訴訟法の規定等を参酌して正義と公平の立場から右条理の内容を定めるを相当とする。

法例第十六条但書がわが国の裁判所が外国人に対して離婚を宣告する場合のあることを想定しているところからみて、夫婦が共に外国人である場合にも、その離婚訴訟について裁判権の存在を否定していないものと解する。この場合に、原告と被告のいずれか一方のみしかわが国に住所を有していないときに、わが国の裁判所がその管轄権を有するかどうか、有するとしてもどんな場合に限られるかは問題である。国内民事裁判権の管轄についての基本規定である民事訴訟法第一条は、訴は被告の普通裁判籍所在地の裁判所の管轄に属する旨を定めている。その趣旨は相当準備をして訴を起こす原告と不意を打たれる被告との間の不公平を緩和し、また原告の理由のない訴の提起によつて受けることのある被告の損害をできるだけ軽減しようとするものであり、この精神は各国の民事訴訟法の定めているところである。この精神は渉外離婚訴訟についても妥当することであつて、外国人同志の離婚訴訟については、被告が日本に住所を有することを原則とすると解する。原告はわが国の裁判権に服することを意識してわが国の裁判所に訴訟を提起するのであるが本件のように被告がわが国に曽て一度も居住したことなく、離婚原因もわが国において発生したものでもないのに、たまたま夫である原告がわが国に居住しているとの一事で、被告としてわが国の裁判権に服させることは、被告をして攻撃防禦の方法の提出について、非常な不利益を与える結果となり、当事者を公平に取り扱うという民事訴訟の根本原則に反するばかりではなく、上記民事訴訟法の精神にも反するものといわなければならない。わが人事訴訟手続法が離婚訴訟については職権探知主義を採用しているからといつて、被告の右のような不利益の地位におかれることを考慮する必要はないものと解するのは妥当ではない。これは少数の反対の学説と判例もないではないが、多くの学説と判例の支持しているところである。そうであるから、原告が日本に住所を有し被告の住所が日本にない場合でも、原告が遺棄された場合、被告が国外に追放された場合、被告が行方不明である場合等正義公平の見地からわが国の裁判権を否定することが妥当でないと認められる場合、および被告が応訴した場合のように例外的の場合以外にはわが国の裁判所が管轄権を有しないと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、控訴人および被控訴人はいずれもアメリカ合衆国人であつて、控訴人は一九五〇年以来アメリカ陸軍々属として単身で日本に来ているが、被控訴人は日本に来たことがなく従つて日本にまだかつて住所を有したことがなく、離婚原因である事実もわが国で発生したものでないことは控訴人の自ら主張する事実であつて、被控訴人が本件について応訴していないことも明かである。上記に説示した理由によれば本件離婚の訴については、わが国の裁判所は裁判権を有しないものといわなければならない。

よつて、右と同一見解のもとに、控訴人の本件離婚の訴を不適法として却下した原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条第一項によりこれを棄却することとし、当審での訴訟費用の負担については同法第九十五条、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 杉山孝)

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